通訳案内士二次口述試験を受けてきました(その2)

通訳案内士試験受験のことの続きです。
14:00からが中国語の試験でした。
試験官は中国語ネイティブスピーカー、日本語ネイティブスピーカー共に40代くらいの女性でした。英語の試験同様、名前と生年月日をまず聞かれ、その後すぐに逐次通訳問題が始まりました。チューリップに関する文章でした。「砺波市」の中国語の発音がわからず、日本語の発音でそのまま言ったり、「チューリップフェア」の中国語が出てこず詰まってしまいましたが、まあぎりぎり6割は訳せたかなという感じです。

プレゼンテーション問題のお題は「天皇制度」、「日本の国立公園」、「高野山」でした。どれも準備していなかったテーマだったのでとっても動揺しながら「天皇制度」を選んで話しました。天皇は日本の象徴で、政治には干渉しない、男性だけがなることができる、生前退位のことが現在議論されているということを話し、1分強ぐらいで話し終えてしまいました…
その後の質疑応答では、私のプレゼンテーションが短かったせいか、英語の試験よりも多く質問を受けました。「天皇に名前はあるのか」、「今の天皇陛下の次は誰が天皇になるのか」、「血縁関係のある人しか天皇になれないのか」、「天皇陛下はどこに住んでいるのか」等の質問でした。

英語の試験と違って試験官のお二人にじっと見つめられて、「ザ・面接」といった感じで緊張に拍車がかかってしまいました。やはり調子の言い時の3割ぐらい下手くそな中国語で、言い間違いもたくさんしたような気がします。
プレゼンテーションで十分に時間を使えなかったことが大変心残りですが、終わったものは仕方がない。
今回は子供とふたりきりで飛行機に乗ってフィリピンから帰国し、気温差で風邪を引きながらも試験を受けた自分にとりあえず大拍手を贈ることにします。
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テーマ:資格取得 - ジャンル:学問・文化・芸術

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Nana(Atsuko)

Author:Nana(Atsuko)
語学好きだけどしゃべれないから英語コンプレックスをずっと持っていました。留学してないからしゃべれないって。

その反動で大学で中国語を専攻、交換留学生にも選ばれ、我ながら学生時代はよく勉強しました。通訳者や翻訳者に憧れつつ、まだ実力が伴わないので無理だと思い、メーカーに事務の正社員として就職。そこまでは無難な道を選んできたと思います。冒険したのは正社員を辞めたとき。

派遣社員としてずっと憧れていた翻訳者のキャリアに1歩踏み出しました。

派遣社員になるときは、ワーキングプアになって死ぬと思い込んでたけど、まだ生きてる。
結婚したときは、仕事ができなくなると思ってたけど、できた。
子どもができたときは、勉強なんてできなくなると思っていたけど、意外とできる。

英語もしゃべれるようになんてなれないと思ってたけど、ほそぼそとでも仕事で使ったり勉強したりしているうちにちょっとしゃべれてるかも!?

これまではいつもそんなの無理、という固定観念に勝手に振り回されてただけかも。ちょっとだけ頑張って踏み出したら新しい世界にいける、最近そう思っています。

今年、通訳案内士試験に4度目のチャレンジで中国語、英語ともに合格しました。

これからやりたいことは教える仕事です。中国語を人に教えたいです。学校が好きなので学校も作りたいです。通訳の仕事もまたやってみたいです。
中検1級にも合格したいです。

ワタシ、34歳。ムスメ2歳。

2016年8月からフィリピンで暮しています。
駐妻ブログはコチラ↓
http://ameblo.jp/wenziacchi/

(2017/7/28)

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